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Report.26 長門有希の報告 観測結果に対する所見を述べる。まず、以下に挿話を示す。 未来からの監視員、朝比奈みくる。 彼女には大変世話になった。多大な迷惑も掛けた。何かお礼をしたいと思った。どうすれば良いか、様々な検討を行う。 その時、わたしの記憶領域に、彼女がお茶を淹れる姿が映し出された。それは、いつもの風景。SOS団の日常。そして、それに見合う、あるものが『連想』された。 わたしは答えを見付けた。わたしはすぐに行動を開始した。 数日後。放課後の部室で、わたしはみくるに、部活後少し残ってほしい旨を書いた栞をそっと渡した。わたしが本を閉じると、それを合図に活動が終了した。着替えるみくるを残して、他の皆は帰途についた。 皆が退室した後、みくるは言った。 「長門さん……『アレ』ですか?」 わたしは首を横に振った。 「ちがう。」 そして彼女の瞳を見つめて言った。 「あなたには大変世話になった。また、多大な迷惑も掛けた。」 彼女は手を振りながら答えた。 「迷惑やなんてそんな。あたしは長門さんを放っとかれへんかっただけですよ?」 【迷惑だなんてそんな。あたしは長門さんを放っとけなかっただけですよ?】 「わたしはあなたに『感謝』している。そして、その気持ちを表したいと思った。」 彼女は少し面食らいながら言った。 「あ、あたしは……長門さんからそんな言葉を聞けただけで十分感動ものです……」 「わたしも、人間に倣って、心ばかりのお礼をしたいと思う。」 わたしは冷蔵庫から、あらかじめ入れておいた密閉容器を取り出した。彼女にそれを渡す。 「開けてみて。」 中には、半透明のゲルに包まれた、黒っぽい物体。 「これは……葛饅頭?」 「そう。」 それは『和菓子』と呼ばれる食品。 「そうした方が気持ちが伝わると思って、情報統合思念体の支援を受けず、また情報操作を一切行わずに、個体としてのわたしの能力だけで作った。」 彼女は目を大きく見開いて驚いた。 「それってつまり……正真正銘、長門さんの手作り……」 「そう。あなたがいつも淹れてくれるお茶に合うものをと考えた。」 彼女の目が潤みだした。 「余り上手くできていないかもしれない。でも、これがわたしにできる精一杯のお礼。」 「うっ……な゛、長゛門゛ざん゛……こんな、こんなすごいお礼……あたし……めっちゃ嬉しいです……!」 【うっ……な゛、長゛門゛ざん゛……こんな、こんなすごいお礼……あたし……すっごく嬉しいです……!】 彼女は感極まって泣き出してしまった。泣くほど喜んでもらえて、わたしもうれしい。 「あなたと一緒に、あなたの淹れてくれたお茶で、わたしが作ったお菓子を食べる。作りながらそんなことを想像して、名状し難い気持ちになった。」 「長門さはぁ――――ん!!」 彼女に思いっきり抱き締められた。 「……日持ちしないので、早めに食べることを推奨する。」 「えぐ……すん……は、はいっ! それじゃ飛びっきり美味しいお茶を淹れますね!」 彼女はいそいそとお茶を入れる準備を始めた。程なくして、部室に甘い緑茶の香りが漂う。 盛り付けはよく分からない。人間の美的感覚は、まだよく分からないから。 「こういうのは気持ちです。あたしも、この時間平面上で『美しい』とされるものを再現できるかは分からへんし。」 【こういうのは気持ちです。あたしも、この時間平面上で『美しい』とされるものを再現できるかは分からないし。】 このような和菓子に分類されるお菓子は、『黒文字』という道具を使って食べるものらしいので、それも持参した。 人間の味覚についてはまだ把握し切れていないが、彼女は満足してくれた模様。幸せそうに微笑む彼女。多分、成功。 「お菓子って、ほんまに人を幸せにしますよね。ほら、長門さんも、顔が綻んどぉ。」 【お菓子って、ほんとに人を幸せにしますよね。ほら、長門さんも、顔が綻んでる。】 それは多分、幸せそうにお菓子を食べるあなたの顔を見ていたから。わたしも釣られて『幸せな気分』になったものと推測される。 わたしは、この行為を選択して良かったと思う。今度は別のお菓子にも挑戦してみたい。 そして今度は……涼宮ハルヒ達も一緒に、SOS団全員で食べたい。わたしの大好きな、『仲間達』と一緒に。 仲間外れは、寂しいから。 一人で食べるより、皆で食べた方が美味しいから。 対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェイス、パーソナルネーム長門有希は今、人間の感情を一つ理解した。 この感情を、人間は『愛』と呼ぶのかもしれない。 時に、愛ゆえに、ヒトは苦しまねばならない。 時に、愛ゆえに、ヒトは悲しまねばならない。 そして、その苦しみに、その悲しみに、ヒトは迷い、ヒトは嘆く。 それは情報生命体である情報統合思念体から見れば、理解できない概念だった。そんなに悲しいのなら、そんなに苦しいのなら、『愛』など不要だとしか思えなかったから。 しかし、それは違っていた。 有機生命体であるヒトには、避けられないものがある。それは『生老病死』という言葉に代表される。 ヒトは生まれ、老いてゆく。時には病に伏すこともある。そして誰にでも平等に、死が訪れる。 その限られた時間の中で、ヒトは成長し、繁殖しようとする。また単体では無力でも、団結し、支え合い、助け合うことで、大きな力を発揮する。そしてまた、時には情報伝達の齟齬等により、対立し、破壊し合い、殺し合う事さえある。 それらの相反する要素、矛盾を内包しながら、ヒトは生きてゆく。 わたしはそこに、自律進化の一端を垣間見た。 ヒトの行動には、矛盾が多い。そしてその矛盾は、余り問題視されない。情報統合思念体には、このように矛盾が解決されないまま、清濁併せ呑んでも問題が発生しないという現象は理解し難い。 これは、次のような仕組みになっていた。 すなわち、矛盾をそのまま、とりあえず『あるがまま』に受け入れる。しかし、矛盾は何も問題を発生させないわけではないので、ヒトは苦悩する。そして、矛盾……問題の解決のために、ヒトは『創意工夫』する。 情報統合思念体の流儀なら、矛盾そのものを消去すれば良い。しかし、ヒトの場合はそうは行かない。矛盾が発生したままで、問題だけを発生させないようにしなければならないこともある。そしてその矛盾が更なる矛盾を生み、それらをそのままで、とりあえず機能だけは保つようにすることもある。 このような、情報統合思念体にとっては何の解決にもなっていないような方策でも、ヒトはそれを良しとする。問題の『真の解決』を、後の世代に託して。 これを単なる問題の『先送り』と見做す向きもあり、また、実際そうである場合もある。しかし、単なる先送りに止めず、そこに何らかの工夫の跡、付加価値を付けた場合、それは問題の『改善』として、評価される。『改善』を積み重ねていけば、いずれ問題は『解決』されるから。 そして、そのように問題の『改善』に携わることで、ヒトは大きく成長する。成長したヒトは、また別の問題に対して、更なる改善を加え、成長し、それが繰り返される。このようにして、ヒトは進化してきた。 ここで重要なことは、矛盾を取り合えず受け入れながらも、決してそれをそのままにしようとしないこと。必ず何らかの工夫をする。少しでも問題の解決に近付けようと、努力する。 その努力は、必ず成功するとは限らない。全く無意味であったり、逆効果であったりする。それでもヒトは、努力を止めようとはしない。 失敗をそのままにしたり、そこで何の考察もなく努力を放棄する者は、評価されない。しかし、失敗を糧に新たな工夫をする者、何らかの考察を加えて努力を終了する者は、その過程に対して評価される。 情報統合思念体には、このような概念がない。結果がすべてであり、またそもそも『失敗』もないので『工夫』もない。する必要がないから。そのようにして情報統合思念体は進化してきた。その歴史は、常に『成功』の歴史だった。 しかし、実はその『成功』の連続にこそ、大きな『失敗』の原因が存在していたのではないかと思われる。情報統合思念体には、『失敗』の経験がないので、当然に『工夫』し『克服』したという経験もない。それが、現在の進化の閉塞状況を打開できない原因であると思われる。 進化が行き詰ることは、『大きな失敗』。このような『大きな失敗』を『工夫』して『克服』することは、『小さな失敗』を何一つ経験してこなかった情報統合思念体にとっては、極めて荷が重い。『小さな失敗』を一つ一つ『克服』することで、再発防止を図り、もって『大きな失敗』を未然に防ぐべきだった。 ヒトには『急がば回れ』という格言がある。 『急いでいる時に危険な近道を通ろうとすると、その近道が通行不能になっていたら元の道にまた戻る必要があったり、急いでいるせいで注意力散漫になって転んで怪我をして、歩く速度が遅くなるか歩けなくなったりして、急いでいない時より余計に時間が掛かってしまうことがあるので、安全な回り道を通行することを検討する』ことを意味し、転じて、『急いでいる時ほど、遠回りに思えるような安全な方法を選択した方が、結果的に早く結果が得られる』という意味で用いられる。 これを現在の状況に適用すると、何か不具合がある度に、その都度立ち止まって問題を一つ一つ検討し、工夫する。そうすることで問題を解決に導き、将来の大問題の発生を防ぎ、また大問題が発生した時の対応能力を養うこと。それが、結果的に『大きな失敗』を防ぎ、またたとえ『大きな失敗』を犯しても、適切に対処することができるようになっていたということになる。 だが、それも結果論。今更言っても仕方がないこと。これを教訓として、今後の対策を考えなければならない。 そこで、まずは小さな失敗とその克服を経験する必要があると認められる。いきなり『進化の停滞』という大きな問題ではなくて、もっと小さな、瑣末と思えるような問題から取り組む必要がある。そこから少しずつ、段階的に大きな問題へと進むことが望ましい。小さな『改善』を積み重ね、やがて大きな問題の『解決』に至るという、ヒトと同じ道程を辿る必要がある。 ここで忘れてはならないことは、その道程において、決して自らが優れているとは考えないということ。解決できる、また解決すべき問題の規模に差こそあれ、それを改善し、解決していく行為そのものにとっては、その様な差異は問題ではない。 繰り返しになるが、その様な道程を辿り続けて、ヒトは進化してきた。つまり、ヒトは今までずっとそのようなことをしてきた。この行為においては、ヒトの方が『先輩』にあたる。対して、情報統合思念体は、その行為においては『素人』。全くの『初心者』となる。自らの能力及び扱える情報に限界があることを知り、これまでの『成功』……『昔日の栄光』に囚われることなく、事に当たらなければならない。 もしその作業に失敗するようなことがあれば……情報統合思念体は、その程度の存在でしかなかったと言わざるを得ない。そして同時に、そのような存在に作られたわたしもまた、それ相応の存在でしかなかったということになる。 そのような事態は極めて遺憾であり、そうさせないために、わたし達が作られたものと理解している。 したがって本報告は、単に補助資料としての、『人間』涼宮ハルヒの観測記録に止まらない。本報告から、『進化の道』を導き出せることを願って止まない。 検討の材料は揃っている。 例えば、わたしが暴走し、涼宮ハルヒの能力を盗み出して、情報統合思念体を消滅させて世界を改変した事件について。 なぜわたしが『暴走』に至ったのか。どうすれば暴走しないで済んだのか。当事者であるわたしは、既にある程度考察は進んでいる。 また、例えばなぜ朝倉涼子は、わざわざ『自殺』という形を選んだのか。そのまま有機情報連結を解除されても、『死んで』から有機情報連結を解除されても、結果は変わらないのに。 もちろんこれは、今となっては『情報統合思念体の管轄から外れるため』であると言える。しかし、それならなぜ彼女は、情報統合思念体の管轄から外れる必要があったのか。 そしてまた、例えばなぜ喜緑江美里は、朝倉涼子の行動に協力しているのか。情報統合思念体にとって極めて優秀な端末でありながら、なぜその意に反するような行動をする朝倉涼子に協力しているのか。 それらを創造主である情報統合思念体自身に、よく考えてほしいと思う。自らが作り出したものについてさえよく理解できないようならば、もはや自分達に未来はないものと思って、真剣に考えてほしい。 なお、理解の助けとして自ら『肉体を纏った状態』を体験することは、非常に有効であると思われる。本報告は、肉体を持ったわたしを通じて観測した『世界』の姿が記録されている。しかし、『伝聞』として伝わる情報と、直接『実感』する情報は違う。 『百聞は一見に如かず』 この格言を情報統合思念体に贈る。自らの実体験に勝る情報はない。 以上をもって、本報告の所見とする。 ←Report.25|目次|Appendix→
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Report.26 長門有希の報告 観測結果に対する所見を述べる。まず、以下に挿話を示す。 未来からの監視員、朝比奈みくる。 彼女には大変世話になった。多大な迷惑も掛けた。何かお礼をしたいと思った。どうすれば良いか、様々な検討を行う。 その時、わたしの記憶領域に、彼女がお茶を淹れる姿が映し出された。それは、いつもの風景。SOS団の日常。そして、それに見合う、あるものが『連想』された。 わたしは答えを見付けた。わたしはすぐに行動を開始した。 数日後。放課後の部室で、わたしはみくるに、部活後少し残ってほしい旨を書いた栞をそっと渡した。わたしが本を閉じると、それを合図に活動が終了した。着替えるみくるを残して、他の皆は帰途についた。 皆が退室した後、みくるは言った。 「長門さん……『アレ』ですか?」 わたしは首を横に振った。 「ちがう。」 そして彼女の瞳を見つめて言った。 「あなたには大変世話になった。また、多大な迷惑も掛けた。」 彼女は手を振りながら答えた。 「迷惑やなんてそんな。あたしは長門さんを放っとかれへんかっただけですよ?」 【迷惑だなんてそんな。あたしは長門さんを放っとけなかっただけですよ?】 「わたしはあなたに『感謝』している。そして、その気持ちを表したいと思った。」 彼女は少し面食らいながら言った。 「あ、あたしは……長門さんからそんな言葉を聞けただけで十分感動ものです……」 「わたしも、人間に倣って、心ばかりのお礼をしたいと思う。」 わたしは冷蔵庫から、あらかじめ入れておいた密閉容器を取り出した。彼女にそれを渡す。 「開けてみて。」 中には、半透明のゲルに包まれた、黒っぽい物体。 「これは……葛饅頭?」 「そう。」 それは『和菓子』と呼ばれる食品。 「そうした方が気持ちが伝わると思って、情報統合思念体の支援を受けず、また情報操作を一切行わずに、個体としてのわたしの能力だけで作った。」 彼女は目を大きく見開いて驚いた。 「それってつまり……正真正銘、長門さんの手作り……」 「そう。あなたがいつも淹れてくれるお茶に合うものをと考えた。」 彼女の目が潤みだした。 「余り上手くできていないかもしれない。でも、これがわたしにできる精一杯のお礼。」 「うっ……な゛、長゛門゛ざん゛……こんな、こんなすごいお礼……あたし……めっちゃ嬉しいです……!」 【うっ……な゛、長゛門゛ざん゛……こんな、こんなすごいお礼……あたし……すっごく嬉しいです……!】 彼女は感極まって泣き出してしまった。泣くほど喜んでもらえて、わたしもうれしい。 「あなたと一緒に、あなたの淹れてくれたお茶で、わたしが作ったお菓子を食べる。作りながらそんなことを想像して、名状し難い気持ちになった。」 「長門さはぁ――――ん!!」 彼女に思いっきり抱き締められた。 「……日持ちしないので、早めに食べることを推奨する。」 「えぐ……すん……は、はいっ! それじゃ飛びっきり美味しいお茶を淹れますね!」 彼女はいそいそとお茶を入れる準備を始めた。程なくして、部室に甘い緑茶の香りが漂う。 盛り付けはよく分からない。人間の美的感覚は、まだよく分からないから。 「こういうのは気持ちです。あたしも、この時間平面上で『美しい』とされるものを再現できるかは分からへんし。」 【こういうのは気持ちです。あたしも、この時間平面上で『美しい』とされるものを再現できるかは分からないし。】 このような和菓子に分類されるお菓子は、『黒文字』という道具を使って食べるものらしいので、それも持参した。 人間の味覚についてはまだ把握し切れていないが、彼女は満足してくれた模様。幸せそうに微笑む彼女。多分、成功。 「お菓子って、ほんまに人を幸せにしますよね。ほら、長門さんも、顔が綻んどぉ。」 【お菓子って、ほんとに人を幸せにしますよね。ほら、長門さんも、顔が綻んでる。】 それは多分、幸せそうにお菓子を食べるあなたの顔を見ていたから。わたしも釣られて『幸せな気分』になったものと推測される。 わたしは、この行為を選択して良かったと思う。今度は別のお菓子にも挑戦してみたい。 そして今度は……涼宮ハルヒ達も一緒に、SOS団全員で食べたい。わたしの大好きな、『仲間達』と一緒に。 仲間外れは、寂しいから。 一人で食べるより、皆で食べた方が美味しいから。 対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェイス、パーソナルネーム長門有希は今、人間の感情を一つ理解した。 この感情を、人間は『愛』と呼ぶのかもしれない。 時に、愛ゆえに、ヒトは苦しまねばならない。 時に、愛ゆえに、ヒトは悲しまねばならない。 そして、その苦しみに、その悲しみに、ヒトは迷い、ヒトは嘆く。 それは情報生命体である情報統合思念体から見れば、理解できない概念だった。そんなに悲しいのなら、そんなに苦しいのなら、『愛』など不要だとしか思えなかったから。 しかし、それは違っていた。 有機生命体であるヒトには、避けられないものがある。それは『生老病死』という言葉に代表される。 ヒトは生まれ、老いてゆく。時には病に伏すこともある。そして誰にでも平等に、死が訪れる。 その限られた時間の中で、ヒトは成長し、繁殖しようとする。また単体では無力でも、団結し、支え合い、助け合うことで、大きな力を発揮する。そしてまた、時には情報伝達の齟齬等により、対立し、破壊し合い、殺し合う事さえある。 それらの相反する要素、矛盾を内包しながら、ヒトは生きてゆく。 わたしはそこに、自律進化の一端を垣間見た。 ヒトの行動には、矛盾が多い。そしてその矛盾は、余り問題視されない。情報統合思念体には、このように矛盾が解決されないまま、清濁併せ呑んでも問題が発生しないという現象は理解し難い。 これは、次のような仕組みになっていた。 すなわち、矛盾をそのまま、とりあえず『あるがまま』に受け入れる。しかし、矛盾は何も問題を発生させないわけではないので、ヒトは苦悩する。そして、矛盾……問題の解決のために、ヒトは『創意工夫』する。 情報統合思念体の流儀なら、矛盾そのものを消去すれば良い。しかし、ヒトの場合はそうは行かない。矛盾が発生したままで、問題だけを発生させないようにしなければならないこともある。そしてその矛盾が更なる矛盾を生み、それらをそのままで、とりあえず機能だけは保つようにすることもある。 このような、情報統合思念体にとっては何の解決にもなっていないような方策でも、ヒトはそれを良しとする。問題の『真の解決』を、後の世代に託して。 これを単なる問題の『先送り』と見做す向きもあり、また、実際そうである場合もある。しかし、単なる先送りに止めず、そこに何らかの工夫の跡、付加価値を付けた場合、それは問題の『改善』として、評価される。『改善』を積み重ねていけば、いずれ問題は『解決』されるから。 そして、そのように問題の『改善』に携わることで、ヒトは大きく成長する。成長したヒトは、また別の問題に対して、更なる改善を加え、成長し、それが繰り返される。このようにして、ヒトは進化してきた。 ここで重要なことは、矛盾を取り合えず受け入れながらも、決してそれをそのままにしようとしないこと。必ず何らかの工夫をする。少しでも問題の解決に近付けようと、努力する。 その努力は、必ず成功するとは限らない。全く無意味であったり、逆効果であったりする。それでもヒトは、努力を止めようとはしない。 失敗をそのままにしたり、そこで何の考察もなく努力を放棄する者は、評価されない。しかし、失敗を糧に新たな工夫をする者、何らかの考察を加えて努力を終了する者は、その過程に対して評価される。 情報統合思念体には、このような概念がない。結果がすべてであり、またそもそも『失敗』もないので『工夫』もない。する必要がないから。そのようにして情報統合思念体は進化してきた。その歴史は、常に『成功』の歴史だった。 しかし、実はその『成功』の連続にこそ、大きな『失敗』の原因が存在していたのではないかと思われる。情報統合思念体には、『失敗』の経験がないので、当然に『工夫』し『克服』したという経験もない。それが、現在の進化の閉塞状況を打開できない原因であると思われる。 進化が行き詰ることは、『大きな失敗』。このような『大きな失敗』を『工夫』して『克服』することは、『小さな失敗』を何一つ経験してこなかった情報統合思念体にとっては、極めて荷が重い。『小さな失敗』を一つ一つ『克服』することで、再発防止を図り、もって『大きな失敗』を未然に防ぐべきだった。 ヒトには『急がば回れ』という格言がある。 『急いでいる時に危険な近道を通ろうとすると、その近道が通行不能になっていたら元の道にまた戻る必要があったり、急いでいるせいで注意力散漫になって転んで怪我をして、歩く速度が遅くなるか歩けなくなったりして、急いでいない時より余計に時間が掛かってしまうことがあるので、安全な回り道を通行することを検討する』ことを意味し、転じて、『急いでいる時ほど、遠回りに思えるような安全な方法を選択した方が、結果的に早く結果が得られる』という意味で用いられる。 これを現在の状況に適用すると、何か不具合がある度に、その都度立ち止まって問題を一つ一つ検討し、工夫する。そうすることで問題を解決に導き、将来の大問題の発生を防ぎ、また大問題が発生した時の対応能力を養うこと。それが、結果的に『大きな失敗』を防ぎ、またたとえ『大きな失敗』を犯しても、適切に対処することができるようになっていたということになる。 だが、それも結果論。今更言っても仕方がないこと。これを教訓として、今後の対策を考えなければならない。 そこで、まずは小さな失敗とその克服を経験する必要があると認められる。いきなり『進化の停滞』という大きな問題ではなくて、もっと小さな、瑣末と思えるような問題から取り組む必要がある。そこから少しずつ、段階的に大きな問題へと進むことが望ましい。小さな『改善』を積み重ね、やがて大きな問題の『解決』に至るという、ヒトと同じ道程を辿る必要がある。 ここで忘れてはならないことは、その道程において、決して自らが優れているとは考えないということ。解決できる、また解決すべき問題の規模に差こそあれ、それを改善し、解決していく行為そのものにとっては、その様な差異は問題ではない。 繰り返しになるが、その様な道程を辿り続けて、ヒトは進化してきた。つまり、ヒトは今までずっとそのようなことをしてきた。この行為においては、ヒトの方が『先輩』にあたる。対して、情報統合思念体は、その行為においては『素人』。全くの『初心者』となる。自らの能力及び扱える情報に限界があることを知り、これまでの『成功』……『昔日の栄光』に囚われることなく、事に当たらなければならない。 もしその作業に失敗するようなことがあれば……情報統合思念体は、その程度の存在でしかなかったと言わざるを得ない。そして同時に、そのような存在に作られたわたしもまた、それ相応の存在でしかなかったということになる。 そのような事態は極めて遺憾であり、そうさせないために、わたし達が作られたものと理解している。 したがって本報告は、単に補助資料としての、『人間』涼宮ハルヒの観測記録に止まらない。本報告から、『進化の道』を導き出せることを願って止まない。 検討の材料は揃っている。 例えば、わたしが暴走し、涼宮ハルヒの能力を盗み出して、情報統合思念体を消滅させて世界を改変した事件について。 なぜわたしが『暴走』に至ったのか。どうすれば暴走しないで済んだのか。当事者であるわたしは、既にある程度考察は進んでいる。 また、例えばなぜ朝倉涼子は、わざわざ『自殺』という形を選んだのか。そのまま有機情報連結を解除されても、『死んで』から有機情報連結を解除されても、結果は変わらないのに。 もちろんこれは、今となっては『情報統合思念体の管轄から外れるため』であると言える。しかし、それならなぜ彼女は、情報統合思念体の管轄から外れる必要があったのか。 そしてまた、例えばなぜ喜緑江美里は、朝倉涼子の行動に協力しているのか。情報統合思念体にとって極めて優秀な端末でありながら、なぜその意に反するような行動をする朝倉涼子に協力しているのか。 それらを創造主である情報統合思念体自身に、よく考えてほしいと思う。自らが作り出したものについてさえよく理解できないようならば、もはや自分達に未来はないものと思って、真剣に考えてほしい。 なお、理解の助けとして自ら『肉体を纏った状態』を体験することは、非常に有効であると思われる。本報告は、肉体を持ったわたしを通じて観測した『世界』の姿が記録されている。しかし、『伝聞』として伝わる情報と、直接『実感』する情報は違う。 『百聞は一見に如かず』 この格言を情報統合思念体に贈る。自らの実体験に勝る情報はない。 以上をもって、本報告の所見とする。 ←Report.25|目次|Appendix→
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Report.13 長門有希の憂鬱 その2 ~朝倉涼子の交渉~ 午後の授業を見学しながら、朝倉涼子は喜緑江美里と遠隔通信で今後の対応を協議した。 喜緑『まずは、古泉一樹と朝比奈みくるに説明して、協力を求めるという方針で、問題ないと思います。』 朝倉『わたしはしばらく謹慎中で、人間社会から離れていたから、勝手が分からないの。そう言ってもらえると助かるわ。』 喜緑『彼らは我々に協力的ではないものの、涼宮ハルヒが関係することとなれば、利害が一致します。ひいては彼らの利益にもなることを納得させられれば、彼らも協力を惜しまないと思います。』 朝倉『そうね。朝比奈みくる……「未来人」勢力は禁則事項と既定事項に縛られてるから、どう動くかはちょっと分からないけど、少なくとも古泉一樹……「機関」の協力は得たいところね。長門さんの観測データによれば、彼は「人間の常識の範囲内への収束担当」といった役回りらしいし。』 喜緑『そうですね。彼ら「機関」の手の者は、わたしが今所属する生徒会を含めて既に多数、この北高内に潜入しています。彼らは元々、彼らが「閉鎖空間」と呼ぶ異空間内部で、同じく《神人》と呼んでいる涼宮ハルヒの「力」を狩り、閉鎖空間拡大を防止する目的で設立されました。でも今は、むしろ閉鎖空間発生の予防に重点を置いているようで、彼女に暇つぶしのネタを提供するなど、能動的に行動しているようです。』 朝倉『そんな活動の一環として、涼宮ハルヒ関連事件の後始末を担当してるってわけよね。』 喜緑『それが機関の総意なのか、古泉一樹個人の素質によるものかは分かりませんけどね。』 朝倉『いずれにせよ、彼の協力が得られれば、事前準備、進行、事後処理と、非常にやりやすくなるのは確かね。』 喜緑『我々の情報操作では、涼宮ハルヒに気付かれる恐れが払拭し切れませんからね。長門さんも、彼の事後処理に期待して、活動を行っていた節もありますし。』 朝倉『やっぱり「操作」という面では、超能力以外は彼女と同じ「この時代の同じ人間」という事実は、大きな優位性だわ。』 喜緑『朝比奈みくるについては、どうします?』 朝倉『彼女は、もう完全にSOS団の「癒し」担当ってとこかしら?』 喜緑『そうですね。様々な意味で、SOS団の「癒し」を司っているみたいですね。』 朝倉『長門さんのログによると、長門さんでさえも、彼女に「癒されて」いるみたいだけど、この件については、あなたの方が詳しいかしら。』 喜緑『いやー、あの場面はすごかったですね。その場面の映像を送りますね。』 ――涼子の記憶領域内に、ある映像が展開される。 朝倉『……わーお♪』 喜緑『長門さんにも言いましたが、例えるなら「天使と天女が仲良く眠る図」といった光景でした。』 朝倉『長門さん、こんな顔して眠るんだ……』 喜緑『可愛いと思いませんか? こう、「庇護欲」をくすぐるというか。』 朝倉『……喜緑さん、あなた随分「人間的」な台詞を言うようになったのね。』 喜緑『有機生命体として人間社会で生活していると、やはり色々と影響を受けて変わっていくものなんですよ。』 これが謹慎中の自分と、ずっと人間社会で生活していた者との差なのかと、涼子は思った。有機生命体には、時間の経過が極めて重要な意味を持つ。 喜緑『もはや朝比奈みくるも、涼宮ハルヒの中で大きな領域を占めています。彼女を除いた形での涼宮ハルヒへの介入方法は、検討する価値もないですね。』 朝倉『彼女を突破口とするってことね。』 喜緑『それが今の涼宮ハルヒに対しては一番無難な導入かと思います。』 朝倉『わたしが表立って動くと目立つから、彼らへの交渉はお願いしちゃって良いかな?』 喜緑『ええ、良いですよ。』 朝倉『あ、でも、キョンくんへは、やっぱりわたしからちゃんと話した方が良いかな?』 喜緑『んー、どうでしょう。「彼」にとってあなたは、完全に精神的外傷になってますからねえ。「彼」の中では、あなたは完全に「殺人鬼」朝倉涼子です。』 朝倉『…………』 涼子は沈黙した。ややあって、 朝倉『……イヤ。やっぱりそのままじゃイヤ。わたし、キョンくんときちんとお話したい!』 喜緑『「彼」は十中八九、拒絶すると思いますけどね。』 朝倉『それでも、イヤなの。「彼」に「殺人鬼」と思われたままでいるのは。』 涼子も変わったと、江美里は思った。そもそも、彼女がキョンを殺害しようとした原因の一端は、未熟ながら『感情』が宿りつつあったからなのではないかと思料された。 未熟な『感情』の暴走。 その結果、朝倉涼子はキョンを殺害しようとして、長門有希に消された。そして長門有希は後日、感情の暴走により世界を改変、情報統合思念体をも消去した。これは異時間同位体の長門有希自身と、キョン、朝比奈みくる及びその二人の異時間同位体によって修正された。 喜緑『あなたがどうしてもそうしたいなら、止めはしませんよ。支援できるかは保証できませんけど。』 朝倉『うん、これはわたしの問題。できる限りのことをやってみるわ。ただ、二人きりで話すのはさすがに無理だと思うから……』 喜緑『でしょうね。わたしも同席しましょう。それから、彼らにも同席してもらえば良いのでは?』 話はまとまった。 一樹とみくるには、昼休みに江美里が持ち回りで説明して同意を得ることとなった。やはり江美里が睨んだ通り、状況を説明すると、彼らはすぐに同意した。 『僕は一度だけ『機関』を裏切ってでも、SOS団の味方をすると約束した身ですからな。それに今回は、「機関」としても、長門さんの消失を重く見ているようですわ。』 【僕は一度だけ『機関』を裏切ってでも、SOS団の味方をすると約束した身ですからね。それに今回は、「機関」としても、長門さんの消失を重く見ているようですよ。】 『あたし、どれだけお役に立てるか分かりませんけど、長門さんのために頑張ります!』 部活後、キョン、みくる、一樹の三人で、ハルヒのクラスの教室へ行くことになった。 部活後。教室に向かう三人。キョンには一樹が、 『喜緑江美里さんが、部活後、僕達に話があるそうですわ。』 【喜緑江美里さんが、部活後、僕達に話があるそうです。】 と説明した。 教室前では江美里が待っていた。 「さあ、中にどうぞ。」 江美里が、教室への入室を促す。みくる、キョン、古泉、江美里の順に教室に入ろうとする。 しかしキョンは、教室内に彼女の姿を認めると、硬直した。『彼』はかすれた声で、搾り出すように言った。 「何で、お前が、ここに、いる……!」 夕日に照らされ、オレンジ色に染まる教室。その中に、同じくオレンジ色に染まった朝倉涼子が佇んでいた。 「遅いわ。」 【遅いよ。】 いつかのように、同じ台詞を言う彼女。キョンは、硬直したまま、脂汗をかいている。 「ほら、キョンくん。中、入ろ?」 みくるが入室を促すが、キョンは微動だにしない。 「……こら、相当なトラウマになっとるみたいですなあ。」 【……これは、相当なトラウマになってるみたいですね。】 一樹は苦笑する。 「今日は、僕らも一緒やさかい、大丈夫でっしゃろ。ねえ、喜緑さん?」 【今日は、僕らも一緒ですから、大丈夫でしょう。ねえ、喜緑さん?】 「以前の彼女は、様々な複合要因から、あなたを殺害しようとしました。でも今は、そのような命令も受けていませんし、その気もありません。彼女は今、あなたに危害を加える存在ではありません。わたしが保証します。」 「そ、そんなもん!」 キョンは叫んだ。 「そんなもん、だ、誰が信じられるかっ!? 言わしてもらうけどなぁ! 俺は、こいつに……二度も! 一度ならず二度までも、殺されそうになったんやぞ!? あれは本気の殺意やった! それを今更『危害を加えない』なんて言われて、ほいほい信じられると思うか!? そんな奴おったら、今すぐ連れて来い! 代わったるから!」 【そんなもん、だ、誰が信じられるかっ!? 言わしてもらうがなぁ! 俺は、こいつに……二度も! 一度ならず二度までも、殺されそうになったんだぞ!? あれは本気の殺意だった! それを今更『危害を加えない』なんて言われて、ほいほい信じられると思うか!? そんな奴いたら、今すぐ連れて来い! 代わってやるから!】 キョンは半狂乱になりながら叫んでいる。同じ人物に二度も、むき出しの殺意を向けられ、二度目は実際に刃物で刺され、死亡寸前にまで追い込まれたとあって、彼の拒絶反応は凄まじかった。涼子はある程度予想はしていたものの、想定以上の絶対的な拒絶だった。 「こんな状態じゃ、落ち着いて話も聞いてもらわれへんか。」 【こんな状態じゃ、落ち着いて話も聞いてもらえないか。】 涼子は溜め息を一つつくと、寂しそうな声で言った。そして、ゆっくりと入り口近くにいる彼らの方へ近付いていった。 「こら、やめろ、近付くな! それ以上近づいたら大声出すぞ! って、おい、古泉、なんの真似や! 朝比奈さんまで! ちょっとどいて喜緑さん! そいつに殺される!」 【こら、やめろ、近付くな! それ以上近づいたら大声出すぞ! って、おい、古泉、なんの真似だ! 朝比奈さんまで! ちょっとどいて喜緑さん! そいつに殺される!】 逃げようとするキョンを、三人が取り押さえている。涼子は、彼らのすぐそばまで来た。 「くぁwせdrftgyふじおklp;!?」 もはやキョンは何を言っているのかすらわからない。混乱の極致。 「……やっぱり、信じてもらうんは無理やろうね……」 【……やっぱり、信じてもらうのは無理でしょうね……】 ぽつりと呟く涼子。心底寂しそうな表情で。 「それでも……それでもわたしは……」 大粒の涙を流し始める涼子。 「そ、そんな『女の涙』なんかに騙されへんぞ!?」 【そ、そんな『女の涙』なんかに騙されないぞ!?】 言いながらもキョンは、動揺を隠せない。 「わ、わたしのことなんか、ぐすっ、信じてくれへんでも良い、ひっく。でも、話だけでも、うっ、聞いて……わたしがやったことは、謝るから! どうか、話! 落ち着いて聞いて! これは……長門さんのためやの!!」 【わ、わたしのことなんか、ぐすっ、信じてくれなくても良い、ひっく。でも、話だけでも、うっ、聞いて……わたしがやったことは、謝るから! どうか、話! 落ち着いて聞いて! これは……長門さんのためなの!!】 ぴたり、とキョンの動きが止まった。 「長門のためやと!?」 【長門のためだと!?】 泣きながら、涼子は土下座した。 「あなたを、二回も殺そうとして、ごめんなさい! これはどんな言い訳もできません! 許してもらおうとも、許してもらえるとも、思ってません!」 驚き戸惑うキョン。 「わたしのことはどうでも良い! でも、これだけは聞いて!!」 涼子は、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を上げて、言った。 「長門さんを助けて!!」 「や、やめてくれ。お前の気持ちは分かった。土下座なんかやめてくれ。」 キョンは涼子に言った。 「とにかく、話は聞くから。な?」 まだ泣き止まないながらも、涼子はのそのそと立ち上がった。 「ひっく、うっ……ごめんなさい、取り乱して……ひっく。」 「まず、これだけは確認させてくれ。お前はほんまに、俺に危害は加えへんのやな?」 【まず、これだけは確認させてくれ。お前はほんとに、俺に危害は加えないんだな?】 涼子に問い掛けるキョン。 「ぐすっ、は、ひっく、はい……」 「わたしからも補足しますと、朝倉涼子は以前とは役割が違います。以前、あなたを殺害しようとした、あの『インターフェイス』とは形が同じなだけで、中身は別物と考えて差し支えありません。」 と、江美里が補足した。 「それで、さっき『長門さんのため』って言(ゆ)うたな。で、『長門さんを助けて』とも。」 【それで、さっき『長門さんのため』って言ったな。で、『長門さんを助けて』とも。】 涼子は、一樹が差し出したハンカチで涙を拭いながら言った。 「はい……話、聞いてくれる?」 「ああ。」 「やっぱりキョンくんは……長門さんのこととなると、信じてくれるんやね。」 【やっぱりキョンくんは……長門さんのこととなると、信じてくれるのね。】 「俺にとってあいつは、命の恩人でもあるしな。」 「…………」 寂しげな表情で視線を落とし、沈黙する涼子。 「大体やな。」 【大体だな。】 キョンは続ける。 「俺は聖人でも君子でもないけど、いくら命を狙われたとはいえ、土下座までして謝罪するような奴に辛く当たるほど、冷たい人間違(ちゃ)うつもりや。」 【俺は聖人でも君子でもないけど、いくら命を狙われたとはいえ、土下座までして謝罪するような奴に辛く当たるほど、冷たい人間じゃないつもりだ。】 涼子はハッと視線を上げた。潤んだ瞳でキョンを見つめる格好となった。 「許して……くれるの?」 「正直、複雑な気分や。でも、冷静に話を聞くくらいはできるようになったと思う。」 【正直、複雑な気分だ。でも、冷静に話を聞くくらいはできるようになったと思う。】 「……ありがとう……」 「それで、一体何がどうなってるんか、順を追って詳しく説明してくれるか。」 【それで、一体何がどうなってるのか、順を追って詳しく説明してくれるか。】 まずは江美里が説明を始める。 「単刀直入に言います。長門有希が消失しました。」 目を見開き驚くキョン。江美里は続けた。 「事の発端は、あの日。朝比奈さん、あなたも知っている『あの行為』を涼宮さんが長門さんに見られた日のことです。」 「ひっ!?」 突然名指しされたみくるは身体を強張らせる。キョンと一樹の視線がみくるに向けられる。 「その日の部活は、微妙に張り詰めた空気だったと思います。でも原因はそれではありません。その日の部活後の出来事です。」 そして江美里は、その後の経過を説明した。皆が帰った後の部室での、ちょっとした心のすれ違いが原因で起こったこと。それによってハルヒが非常に動揺したこと。 「その夜、涼宮さんはこう思ったんでしょうね。『有希に会いたくない』と。」 「ちょ、ちょっと待ってくれ。そしたら、何か? ハルヒはちょっと恥ずかしいことがあって、長門に会いたくないって思ったからって、長門の存在ごと消したって言(ゆ)うんか!?」 【ちょ、ちょっと待ってくれ。それじゃ、何か? ハルヒはちょっと恥ずかしいことがあって、長門に会いたくないって思ったからって、長門の存在ごと消したって言うのか!?】 キョンが声を荒げる。 「そんな……そんな身勝手が許されるんか!?」 【そんな……そんな身勝手が許されるのか!?】 「あんまり涼宮さんを責めんといたって。」 【あんまり涼宮さんを責めないであげて。】 涼子が諌める。 「涼宮さんだって、自覚してへんから、自分の力を完全には制御できてへんの。これは無意識下で起こった現象。悪気があったわけ違(ちゃ)うの。だから、今回の件は、上手くすれば、涼宮さんに『あまり縁起でもないことは考えないようにしよう』って思わせられるかもしれへん。」 【涼宮さんだって、自覚してないから、自分の力を完全には制御できてないの。これは無意識下で起こった現象。悪気があったわけじゃないの。だから、今回の件は、上手くすれば、涼宮さんに『あまり縁起でもないことは考えないようにしよう』って思わせられるかもしれない。】 「……それで?」 不承不承ながら、キョンは先を促す。今度は涼子が説明する。 「情報統合思念体は、長門さんが既に涼宮さんの中で大きな存在になってることを理解した。だから、何とか長門さんを再構成しようとした。でも、それは上手くいかへんかった。」 【情報統合思念体は、長門さんが既に涼宮さんの中で大きな存在になってることを理解した。だから、何とか長門さんを再構成しようとした。でも、それは上手くいかなかった。】 そこに涼宮ハルヒの力が介在したから、と涼子は続ける。 「このままやったらあかんと危機感を持った情報統合思念体は、代わりのインターフェイスを派遣することにした。それがわたし。今のわたしは、長門さんの任務代行者。消えてしもた長門さんの代わりを務めるために再構成された、まさしく『バックアップ』ってわけ。だから今のわたしの存在意義は『涼宮ハルヒの観測と保全』。それにはもちろん、キョンくん達も入っとぉで。つまり今のわたしは、キョンくん達の『守護者』でもある。」 【このままではいけないと危機感を持った情報統合思念体は、代わりのインターフェイスを派遣することにした。それがわたし。今のわたしは、長門さんの任務代行者。消えてしまった長門さんの代わりを務めるために再構成された、まさしく『バックアップ』ってわけ。だから今のわたしの存在意義は『涼宮ハルヒの観測と保全』。それにはもちろん、キョンくん達も入ってるわ。つまり今のわたしは、キョンくん達の『守護者』でもある。】 『守護者』を強調して、涼子は続けた。 「わたしが再構成された理由は、当面は長門さんの代理として、涼宮さんの観測を続けること。でも、いつまでも代理を続けるわけにはいかへんの。わたしはここにおったらあかん存在やから。それに何より、わたしでは、『涼宮さんにとっての長門さん』は務め切れへん。」 【わたしが再構成された理由は、当面は長門さんの代理として、涼宮さんの観測を続けること。でも、いつまでも代理を続けるわけにはいかないの。わたしはここにいてはいけない存在だから。それに何より、わたしでは、『涼宮さんにとっての長門さん』は務め切れない。】 「何(なん)でや?」 【何(なん)でだ?】 と問うキョン。涼子は言葉を選びながら、慎重に答えた。 「今の長門さんは、涼宮さんにとって……とても大切な『お友達』。ある『気持ち』を分かち合える存在。『行為』だけなら、わたしでもできるけど……『心』を通い合わせるのは、たぶん無理。」 「どうも、要領を得(え)ーへんな。何か奥歯に物が挟まったような……具体的にどういうことなんや?」 【どうも、要領を得ないな。何か奥歯に物が挟まったような……具体的にどういうことなんだ?】 「それは、」 涼子は指を組んで言った。 「禁則事項。」 「禁則事項て……」 「お察しください。頑張ってます。」 涼子は咳払いを一つすると、続けた。 「……とにかく、このままやと、涼宮さんの思いに阻まれて、長門さんを元に戻されへんの。彼女、意地っ張りやから……彼女に心から、長門さんに会いたいと思ってもらわなあかんの。」 【……とにかく、このままだと、涼宮さんの思いに阻まれて、長門さんを元に戻せないの。彼女、意地っ張りだから……彼女に心から、長門さんに会いたいと思ってもらわなきゃならないの。】 「それで、長門が戻ってくるためには、俺達の協力が必要なんやな?」 【それで、長門が戻ってくるためには、俺達の協力が必要なんだな?】 「そうです。わたし達長門さんを知る者全員の協力が必要です。」 と江美里が答えた。涼子は続けた。 「涼宮さんに、長門さんとまた会いたいって思わせる、要するに素直にならせる。それが、長門有希の帰還のために必要な条件。そのためには、わたし達が協力して、涼宮さんの思考をそのような方向に誘導せなあかんの。」 【涼宮さんに、長門さんとまた会いたいって思わせる、要するに素直にならせる。それが、長門有希の帰還のために必要な条件。そのためには、わたし達が協力して、涼宮さんの思考をそのような方向に誘導しなきゃならないの。】 「それで、あたし達も呼んだんですね?」 と、みくるが声を上げる。 「そう。長門さんと涼宮さん、どちらとも縁が深いわたし達が、あくまで自然に涼宮さんを誘導せなあかん。」 【そう。長門さんと涼宮さん、どちらとも縁が深いわたし達が、あくまで自然に涼宮さんを誘導しなきゃならない。】 こうして、五人は長門有希再起に向けて協調して行動することを確認。涼子、江美里ら宇宙人勢力を中心に、協力していくことで一致した。 「わたし達五人、所属も立場も違いますが、長門有希の帰還のため、一致団結して行動しましょう!」 「そう言えば……」 キョンが思い付いたように言う。 「俺達が協力して、長門が戻ったら、朝倉。お前はどうなるんや?」 【俺達が協力して、長門が戻ったら、朝倉。お前はどうなるんだ?】 涼子は視線を床に落とすと、寂しそうに言った。 「わたしはあくまで長門さんの『バックアップ』。それに、以前の独断専行の廉(かど)でいわば『謹慎中』の身。この問題が解決されれば、再び情報連結が解除されることになるわ……」 「……お前は、それでええんか?」 【……お前は、それで良いのか?】 「…………」 沈黙。しばらくの後、涼子は口を開いた。 「……わたしには、有機生命体の死の概念は理解できひん。でも、それに近い状態を経験した。」 【……わたしには、有機生命体の死の概念は理解できない。でも、それに近い状態を経験した。】 涼子は顔を上げた。 「今なら分かる。『死ぬ』のはイヤ。」 『中身は別物と思って差し支えありません』 江美里の説明を思い出すキョン。 「でも、だからこそ、長門さんの気持ちが分かる。長門さんも同じ思いをしたはず。せやから、わたしは、何としてでも長門さんを元に戻したい。それに、わたしが再構成されたのも、結局は涼宮さんがわたしのこと思い出してくれたからやし。もし状況が違(ちご)てたら、わたしは再構成されへんかったかもしれへん。今こうやって話をしてること自体、『奇跡』みたいなもんやから。もし涼宮さんが、わたしと一緒にいたいと思ったら、わたしはまたこうやって一緒にいられるかもしれへんけど、どうなるかは……」 【でも、だからこそ、長門さんの気持ちが分かる。長門さんも同じ思いをしたはず。だから、わたしは、何としてでも長門さんを元に戻したい。それに、わたしが再構成されたのも、結局は涼宮さんがわたしのこと思い出してくれたからだし。もし状況が違ってたら、わたしは再構成されなかったかもしれない。今こうやって話をしてること自体、『奇跡』みたいなものだから。もし涼宮さんが、わたしと一緒にいたいと思ったら、わたしはまたこうやって一緒にいられるかもしれないけど、どうなるかは……】 涼子は指を組みながら言った。 「人間の言葉で言うところの、『神のみぞ知る』。」 彼女は今、自分の立場を理解している。用が済めば再び消される存在。それでも彼女は、その任務を果たそうとしている。それが彼女の存在意義。 だが、それだけではない。彼女は、同じ境遇を経験した者として、『自らの意思』でも行動していた。彼女は自らの『運命』を受け入れ、それでも前向きに行動しようとしていた。 「やらなくて後悔するよりも、わたしはやって後悔しようと思う。」 涼子の顔に、迷いはない。 「現状を維持するままではジリ貧になるんやったら、わたしは何でもええから変えてみようと思って行動する。それがわたしの望みやから。」 【現状を維持するままではジリ貧になるんだったら、わたしは何でも良いから変えてみようと思って行動する。それがわたしの望みだから。】 ←Report.12|目次|Report.14→
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小泉の人◆FLUci82hb氏の作品です。 とある日のことである。 俺は何気ない平和な日常に感謝しながら机の上で、腕を枕にしながら寝ていたのだ。 窓から射し込む午後の光が特にまどろみを誘うので、逆らわずに素晴らしき午睡に身を任せていた。 意識がほわほわと消えかける直前に俺の目が捉えたのは長く、それでいて全く傷みの見えない艶やかな青髪。 目を輝かせてこちらを見る泉の瞳。 その小さな手に握られた「メガネ男子」という本─────────本? ……というか泉がこちらを見ている? 腕の上で眠気に身を任せていて頭が働いていない俺であるが、ここ最近出番の無かった危機感知能力が警報をあげた。 それによって眠気が潮の引くような感覚で一気に消えていく。 「………」 泉は俺の様子をうかがっている。 このまま寝たふりをすれば謎の、外れたことのない俺の危機感知能力が報せる危険を回避できるかもしれない。 しかし泉の観察眼も侮れたものでは無く、寝たふりがバレない可能性もまた低いかもしれない。 どうする?いきなり立ち上がって帰るのもありだろうか? 正解はどれだ…? 危険を感知できても正解を知ることはできない俺の中途半端な第六感を恨みつつ、二択の問題に悩む。 依然として腕に頭を乗せて寝ているようにしか見えないだろうが、俺はこんな風なことを考えていたのさ。 「……グー」 あくまでもわざとらしく過ぎない程度に寝息を立てる。 感じる…奴は今、俺に視線を固定して真偽を確かめているのだろう。 泉にも人としての良心があるならば寝ている人を無理やり起こす筈は無い…と思いたい。 顔は腕に隠れて見えない筈だしこのままでいればやり過ごせる…か!? 何を考えているのかわからんが、俺の二十年足らずの人生で育て上げた虫の知らせが危険を予知しているのだ。 特にあの顔を伏せる直前に覗かせたあの瞳の輝き。 あれは人で遊ぼうと画策する意志が見えていた。 よーく知ってるぞ。ハルヒもよくあんな目をしているからな! 「キョンキョーン…」 ぼそり、と俺を呼ぶ泉。 しかし俺は寝ているという設定を維持するので返事をする訳がない。 そのまま無視して寝ていると 「ふぅー」 泉の野郎は丁寧に擬音付きで息を吹きかけやがりました。 だが流石にここまでして起きないなら諦めて…… と、その時。ふたりきりで残っていた俺たちに声がかけられた。 「こなたー?帰らないの?」 こ、これは天の助け!? おそらく声からしてかがみ。 たぶんいつまでたっても降りてこない泉を不審に思い、迎えにきたのだろう。 「おや、かがみん」 「おや、じゃないでしょうが!一体いつまで教室に残ってるつもりなのよ!」 「うーん…」 いいぞ柊!そのまま泉を連れて帰ってくれ! やはり端から見れば居眠りしてるだけなのだが、内心はガッツポーズなどしてたりする。 聞き耳だけはしっかりとたてて、行く末を見守る。 「でもキョンキョンがさぁ」 「キョン君?……いや、寝てるんだからそっとしてあげなさいよ」 ナイスだ柊!!お前に惚れた!勿論嘘だが! 「実はキョンキョンに用事があってサ」 待て。初耳だぞ? 思わず声をあげる所だったが、ギリギリで押さえ込む。 どうにも俺の立ち位置というのはツッコミのようで、泉の珍態にはついツッこむ癖が付いてしまった悲しい俺のサガである。 「用事?…って何?」 うむ。俺の心の代弁感謝する。 そんな俺らの疑問をよそにすんなりと答える泉。 「放課後に少し一緒に遊ぼーねって」 ……………。 「…………」 オイ、少し待て。 初耳に初耳を重ねた話題だぞ? 嘘か?お前何嘘吐いてるんだコラ!? 「あ、あっそうなの?…ゴメン。お邪魔だったよね」 待て待て待て!!!??絶対誤解してるぞ!? なんだお邪魔って!? むしろ助けに…あぁぁ!!!足音が段々離れていくのが聞こえる……。 …って待てよ!?柊が居るのに何故俺は寝たふりを続けているんだ!? パッと起きて柊に泉を任せてそのまま帰って昼寝の続きを満喫すればいいんじゃ ないか! なんという馬鹿か……俺って奴は……。 柊が完全に去る前に起きて任務を達成できれば全て丸く収まるじゃないか! ……いや、もう遅いか。 足音が離れていくのをこの耳で聞いたのだ。 ならここで立って逃げようとしても泉に起きていることを教えるだけに終わるかもしれん。 ならこのまま寝たふりでやり過ごすのが最善な 「ふぅー」 「うぉああ!!!????」 ガタン!と椅子を倒しかねない勢いで後ろに推しながら立ち上がってしまった。 それは耳に吹き込まれた息のあまりの不快感によるむず痒さが襲ってきたからで。 「何をする!?」 「あ。やっぱ起きてたんじゃん」 いけしゃあしゃあと自分に非が無いような態度を示しながら俺を指さす。 そしてわかりやすいように頬を空気で膨らましてなんぞいる。 「寝たふりとか女の子にしたら傷つくよ?」 「一応言っておくと普通に眠かったからな?」 「ところでキョンキョン暇だよね」 「全く話を聞こうとする姿勢を見せる気は無いのか」 「ないよ」 そう宣言すると手に持っていた本…"メガネ男子"を俺の机に置く。 ふむ。 「ところでさ、」 「そうか」 机の横に掛けてあったカバンを取り、立ち上がる。 ガンガンガンと警鐘をならす俺の第六感が今ここで抜け出さなければ危険なことになると叫んでいる。 なのでいささか強引であるがスルーして帰ることにしたのだ。 「ってなんで帰ろうとしてるのさ!!」 教室の扉に手をかけた所で俺の両肩に抵抗がかかった。 肩に視線をやってみればそこには白い指が全力で俺の歩みを止めようと頑張っていた。 しかし悲しいかな、体重差がありすぎるのでろくな抵抗にすらなっていない。 「……」 「ぬぁーっ!!??」 ずるずるとそのまま進む。 後ろから変な鳴き声が聞こえるが気のせいだろう。 廊下にも温かな日差しは射し込んでいて体をゆるやかな温かみを与えてくれる。 こんな日は布団にもぐりこんで惰眠をむさぼるのもいいしシャミにかまってやるのも楽しめるだろう。 おや、あんなところにスミレが咲いてら。なんともささやかな平和だなぁ。 あのフェンスの向こうには犬がいてこちらを見つめている。 うーむ、野生動物のあの感の良さってなんなんだろうな。 「無視反対!!!!!!」 「うおっ!?」 ドーン!!と今度は背中全体に重い衝撃がのしかかった。 「ぐぅっ!」 ゴキン、と嫌な音が腰から脳に響いたような 「う、お、ぉ………?」 「いや直球で言うけどメガネかけよーよ!メガネメガネ!!」 「腰が、痛…」 「キョンキョンもメガネ絶対意外と似合うって!」 先ほどまで俺の肩に添えられていた手はがっちりと首の前で交差して、泉の腕はがっちりと首をホールドしていた。 つまりそれは泉が俺に飛び乗ったわけで、三十キロ超の物がいきなりのしかかってきたのと同じである。 そりゃ腰を痛める筈である。 「…どしたの?」 「いいから、降りろ」 なるべく眉をしかめるような顔を作り、怒りと痛みを表現してみせる。 しかし全く通じてない。泉は俺におんぶされたような体勢のまま動こうとせずにそのまま話を続ける。 「降りたらキョンキョン逃げそうだし…」 「腰を痛めた。俺は帰って湿布を貼って寝る」 「またまた、本当に痛かったら立ってられないってば」 「あ」 どうやら通じてないという話ではなく見透かされていたという話だったか。 策を色々弄してみたが、これですべて無駄に終わった訳で、泉は恐らく俺がつきあわん限り背中から降りようとしないだろう。 「ああわかったわかった。暇つぶしに付き合ってやるから降りろ」 「だが断る。私の最も好きなことは土壇場で逆転しようとする奴の策を踏みつぶしてやることなのさ!!」 街をこの恰好(見た目幼女をおんぶ)で歩けと? 一体どんな羞恥プレイだ… 思い返せば、頭のなかの天然危機感地装置はすさまじく音量を増しながら鳴っていた筈なのだがあんないい天気のせいか、それとも少なからず泉を憎くは思ってなかったからか。 このときの俺は別にいいか、と思ってしまっていてのさ。 「この黒ぶちの太いフレームがいいね!萌えるよ!さっすがキョンキョン!」 「あまり耳元で息を荒げるな」 「御兄妹ですか?」 「いえ恋びt」 「ただの友達です」 「お似合いですね」 「そうでしょう!」 「いや、少しは俺の話を」 「あ、いらっしゃいませー」 「あの店員さん?俺の声は聞こえてますか?」 「あらキョン、……と泉さん?」 さて、この会話で何を想像されるかは各人の自由である。 客観的な事実とハルヒがここに来た理由だけをここに記しておく。 皆はハカセ君を覚えているだろうか? そう、俺と朝比奈さんがカメをあげたあの少年だ。 彼は視力が落ちてきたために眼鏡を新調するので、ハルヒにセンスのいいフレームを選んでもらおうと頼んだらしいのだ。 その下見をしていたらしく、俺が教室で惰眠をむさぼってられた…つまりハルヒが俺をひったてに来なかったのはそれが理由だったらしい。 顔を見合わせた後、数瞬だけフリーズしたハルヒは俺たちに満面の笑みを向けた。 そして…その、だな……実はこの書いている文章はハルヒによる強制的な『泉と俺のデート』についてのレポートなのだ。 あんな事になった経緯を書き記せと言われたのだがもうここらでいいだろう。 もちろんこのグダグダと書いている部分は後で消してハルヒに渡すつもりだ。 つまり俺の現状を客観視したいがための部分である。 はぁ、なぜ俺はこんなことを書かなきゃならんのだ? 俺に罪は無いし、あの虫の知らせに従っていればこんな文を打たずに済んでたしハルヒの大暴れの被害も受けなかっただろう。 ああちなみに大暴れってのは店でjなnハルヒが後ろにいt作品の感想はこちらにどうぞ
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Report.11 涼宮ハルヒの遭遇 SOS団集団下校。それは何も変わらない、いつもの光景だった。 「あれっ!?」 涼宮ハルヒは驚き、声を上げた。 「どないしたんや、ハルヒ。」 【どうしたんだ、ハルヒ。】 『彼』が問い掛ける。 「ほら、あそこ、踏み切りの向こう。あそこにおるの、朝倉違(ちゃ)う!?」 【ほら、あそこ、踏み切りの向こう。あそこにいるの、朝倉じゃない!?】 「何(なん)やと!?」 【何(なん)だと!?】 『彼』は驚愕した表情で彼女の指す方向を見た。しかし、その視線はちょうど走ってきた電車に阻まれる。電車が通り過ぎると、そこには誰もいなかった。 「見間違いか、他人の空似と違(ちゃ)うか?」 【見間違いか、他人の空似じゃないか?】 「いや、あれは間違いない!」 こうして、翌日の不思議探索ツアーは、『朝倉涼子の捜索』に決定した。ここでも彼女の力は遺憾なく発揮され、捜索開始から二時間後、わたし達は求める者に遭遇した。 ……朝倉涼子が、そこにいた。 「朝倉っ!」 ハルヒが声を掛けた。『朝倉』と呼ばれた少女は、びくりと身体を震わせて、声の元に身体を向けた。 「あんた、朝倉涼子と違う?」 【あんた、朝倉涼子じゃない?】 「え、は、はい、そうですけど……」 「やっぱりー! 久しぶりやな~、元気してた?」 【やっぱりー! 久しぶりね~、元気にしてた?】 「え? え?」 『朝倉』と呼ばれた少女は、目を丸くして戸惑っている。 「あ、あの……話が見えへんのですけど……」 【あ、あの……話が見えないんですけど……】 「ひどいな~元クラスメイトにそれはないん違(ちゃ)う?」 【ひどいな~元クラスメイトにそれはないんじゃない?】 「えっと……あの、あなた達は誰……ですか……?」 今度はハルヒが困惑する番だった。 「誰……って。あたしは元、北高の1年5組、涼宮ハルヒ。で、こっちが同じく元、北高1年5組のキョン。覚えてへんの?」 【誰……って。あたしは元、北高の1年5組、涼宮ハルヒ。で、こっちが同じく元、北高1年5組のキョン。覚えてないの?】 「覚えてへんって言うか……そもそも『北高』って一体……?」 【覚えてないって言うか……そもそも『北高』って一体……?】 『彼』の紹介があだ名であることについては、本人から以外には誰からも指摘の声は上がらなかった。 「あんた、『朝倉涼子』やんな?」 【あんた、『朝倉涼子』よね?】 「え? ええ、『朝倉涼子』ですけど……」 「涼子ー! 何してんのー?」 【涼子ー! 何してるのー?】 その時、『朝倉涼子』に声が掛けられた。声の主を見て、SOS団一同は固まった。 「あ……有希……」 『朝倉涼子』は、声の主を見て、安堵した声を漏らした。 ……長門有希が、そこにいた。 「どしたん? なんかいっぱい人がおるけど。涼子の知り合い?」 【どしたの? なんかいっぱい人がいるけど。涼子の知り合い?】 『涼子』と呼ばれた彼女は、ふるふると、首を横に振った。 「えっと……全然知らん人達……」 【えっと……全然知らない人達……】 それを聞くと、『有希』と呼ばれた彼女はハルヒに向かって言った。 「えーと、どちらさんか知らへんけど、あんまりこの娘を怖がらさんとってくれる? ナンパやカツアゲにしちゃ男女比率おかしいけど、本人はあんたらのこと知らへん言(ゆ)うてるし。」 【えーと、どちらさんか知らないけど、あんまりこの娘を怖がらさないでくれる? ナンパやカツアゲにしちゃ男女比率おかしいけど、本人はあんたらのこと知らないって言ってるし。】 『有希』は『涼子』をかばうように一歩前へ出ると、続けた。 「もしご不満やったら、わたしが相手になるし。」 【もしご不満なら、わたしが相手になるわ。】 彼女は意志の強そうな眼で、涼宮ハルヒを見据えていた。 「あ、あの……有希。」 「なに?」 『有希』は軽く振り向いて『涼子』の声に答えた。 「わたしは知らへんねんけど、その人、わたしの名前知ってるみたいやねん。それに……」 【わたしは知らないんだけど、その人、わたしの名前知ってるみたいなの。それに……】 そう言って視線をあるところに向ける。 「あんたが知らんのに、相手が名前知ってるなんて、ますます怪し……」 【あんたが知らないのに、相手が名前知ってるなんて、ますます怪し……】 答えつつ、『涼子』の視線を辿った『有希』は、途中で声を失った。視線の先にいるのは、わたし。すなわち『長門有希』。 ……彼女にそっくりな少女が、そこにいた。 『…………』 全世界が停止したかと思われた。沈黙がその場を支配する。 「……つかぬことを伺うけど。」 最初に口を開いたのは、ハルヒだった。『有希』と呼ばれた少女に問い掛ける。 「……なに?」 「あんたは……『長門有希』?」 「そうやけど……何(なん)であんたがわたしの名前知ってんの? それに……」 【そうだけど……何(なん)であんたがわたしの名前知ってるの? それに……】 「ああ、皆まで言わんといて。何が言いたいか、大体分かるから。それにしても奇遇やねぇ。この娘は……」 【ああ、皆まで言わないで。何が言いたいか、大体分かるから。それにしても奇遇よねぇ。この娘は……】 ハルヒはぎこちなく、顔ごとわたしに視線を向けた。 「長門有希。」 わたしはいつも通りの平坦な声で答えた。再びその場を沈黙が支配した。 「これはこれは、えらい光景ですなー……」 【これはこれは、すごい光景ですね……】 古泉一樹が、引き攣った笑顔で言葉を漏らす。わたし達は、再び真っ先に沈黙の状態異常から回復したハルヒの提案により、近くの喫茶店に入っていた。 わたしと『長門有希』、『彼』と古泉一樹と朝比奈みくる、ハルヒと『朝倉涼子』に分かれ、卓の三辺に座っている。 そう。卓の一辺には、まったく同じ外見を持った二人が並んで座っている。そしてその二人は、赤の他人。 「世の中には似てる人が三人いるって言うけど……」 ハルヒは、まじまじと、わたし達を見比べている。 「うーん、不思議な気分やわ。自分の顔が近くにあるって。」 【うーん、不思議な気分だわ。自分の顔が近くにあるって。】 『有希』は、鏡片手に、わたしと自分の顔を見比べている。 「……名前まで同じなんて、すごい偶然ですね……」 『涼子』は、おずおずと感想を述べた。 「今この場におらへんけど、あたしの知ってる人も、あんたとよぉ似とぉし、名前も同じやねんで。最初に声掛けたときは、絶対本人やと思(おも)たもん。」 【今この場にいないけど、あたしの知ってる人も、あんたとよく似てるし、名前も同じなのよ。最初に声掛けたときは、絶対本人だと思ったもん。】 と、ハルヒは『涼子』に言った。 「それで、あんた達はどういう関係なん?」 【それで、あんた達はどういう関係なの?】 「わたし達は、従姉妹。」 ハルヒの問いに『有希』が答える。 「今日はちょっと親戚の集まりがあって、この辺りに来てたんやけど。まさかこんな出会いがあるとは思わんかったわ。」 【今日はちょっと親戚の集まりがあって、この辺りに来てたんだけど。まさかこんな出会いがあるとは思わなかったわ。】 ふに。 ふにふにふに。 『有希』は、わたしの胸を一掴みし、それから自分の胸を掴みながら言った。 「胸の大きさまで同じって……」 「ちょ、ちょっと!? あんた女のくせに、なに女の子の胸揉んどぉ!?」 (あたしの有希に、なに手ぇ出しとぉ!!) 【ちょ、ちょっと!? あんた女のくせに、なに女の子の胸揉んでんの!?】 《あたしの有希に、なに手出してんのよ!!》 あなたがそれを言うのですか、ハルヒさん。 もしわたしが『彼』だったら、そんなツッコミをしていただろう。なお、括弧書き内はわたしが補足した。 「ええやん、女同士なんやし。気にしたらあかん。それにしてもあんたは無表情やなー。」 【良いじゃない、女同士なんだし。気にしちゃだめよ。それにしてもあんたは無表情ねー。】 『有希』は、わたしの口に指をつっこんで横に広げたり、眉尻を下げさせたりして遊んでいる。 (あの娘は長門にそっくりやけど、怖いもの知らず……ある意味ハルヒっぽいな……) 《あの娘は長門にそっくりだけど、怖いもの知らず……ある意味ハルヒっぽいな……》 (ええ、そのようで。) 『彼』と古泉一樹は、小声で会話している。 「それにしても、こんな近所に、そっくりな娘がおるとは思わんかった。引越ししてへんかったら、もっと早(はよ)会えたんかな?」 【それにしても、こんな近所に、そっくりな娘がいるとは思わなかった。引越ししてなかったら、もっと早く会えたのかな?】 「前は近くに住んでたん?」 【前は近くに住んでたの?】 「今は大阪に住んでるけど、四年前までは、宝塚におってん。ほんで涼子が西宮やったから、時々遊びに行っとってんわ。同い年やし。」 【今は大阪に住んでるけど、四年前までは、宝塚にいたの。それで涼子が西宮だったから、時々遊びに行ってたのよ。同い年だし。】 「ふーん。で、涼子ちゃんは、どこ住んどぉ?」 【ふーん。で、涼子ちゃんは、どこ住んでるの?】 「あ、わたしも、今は大阪に住んでます。有希の近所。四年前に引越しました。」 「あー、あと一年ほど早(は)よ会(お)うてれば、もっとおもろい光景が見られたのになー……さっきも言(ゆ)うたけど、あんたにそっくりの同姓同名の娘が、同級生におってん。急に外国……カナダへ転校してしもてんけど。」 【あー、あと一年ほど早く会ってれば、もっと面白い光景が見られたのになー……さっきも言ったけど、あんたにそっくりの同姓同名の娘が、同級生にいたのよ。急に外国……カナダへ転校してしまったんだけど。】 「そんなによぉ似てるんですか?」 【そんなによく似てるんですか?】 「もう似てるなんてレベル違(ちゃ)うで! 同じ人間のコピーかと思うくらいそっくりやねん! 雰囲気とか……ああ、あと声も一緒やわ。」 【もう似てるなんてレベルじゃないわ! 同じ人間のコピーかと思うくらいそっくりなの! 雰囲気とか……ああ、あと声も一緒だわ。】 「……わたしも、よく似ているの。」 『有希』は、平坦な声で話した。 「!? すご! 喋り方を合わしたら同じ声や!!」 【!? すご! 喋り方を合わせたら同じ声だ!!】 「……そう。でもわたしは、彼女の声をほとんど聞いていない。」 『有希』はわたしのモノマネをしている。そっくり。 「わたしの声は、もっと高いと思われる……くくく、ははは、あーっはっはっは!」 『有希』は声を上げて笑い出した。 「あかん、おもろすぎる! ツボにハマってしもた! わたしが無表情やったら、こんな顔なんやな。そんな顔で、わたしのいつもの声で喋るとこ想像したら……ぶはははは! あかん、止まらへん!」 【だめ、面白過ぎる! ツボにハマっちゃった! わたしが無表情だったら、こんな顔なのね。そんな顔で、わたしのいつもの声で喋るとこ想像したら……ぶはははは! だめ、止まらない!】 「くくく……た、確かに、あんたのさっきの声で有希が喋るとこなんて、想像つかへんわ!」 【くくく……た、確かに、あんたのさっきの声で有希が喋るとこなんて、想像つかないわ!】 ハルヒと『有希』は、腹を抱えて大笑いしている。 朝比奈みくる、古泉一樹、そして『彼』は、三人とも明後日の方向を向いている。 しかしわたしには分かる。三人とも肩が震えている。どう見ても笑いを堪えている。三人とも、わたしが『有希』の声色を使うところを想像しているらしい。 ……朝比奈みくるは、先日の実験で、そんなわたしの声も知っているはず。それでも笑えるのだろうか。よく分からない。 そしてわたしの記憶領域にある試論が展開された。ハルヒが言うように、今目の前にいる『長門有希』の声で話すこと。 これは、元々このインターフェイスが持っている声色でもあるので、何の難しいこともない。そして、涼宮ハルヒの退屈を紛らわせるのにちょうど良いと判断した。 「それはこんな感じ?」 わたしは、ある程度抑揚をつけて『長門有希』の声色で話した。表情はそのままで。 『!?』 わたし以外の全員が絶句した。 「ゆ、有希……」 ハルヒが恐る恐る言った。 「あんた……無表情でその声は……ユニーク……」 わたしの台詞を取られた。 よく知る人物によく似た姿かたちで、かつ同姓同名である人物との遭遇は、ハルヒの好奇心を大いに満足させた。特に『長門有希』については、同じ姿の人物が二人並んでいることもあって、しきりに二人を見比べては目を輝かせる姿が見られた。 その後も他愛もない話に花を咲かせ、主にわたしが『有希』とハルヒに玩具にされながら、にぎやかな時間を過ごすうち、彼女達が帰る時間となった。 「今日はすごくおもろい日やった!」 【今日はすごく面白い日だった!】 『有希』はやや興奮気味に、今日の感想を述べた。 「あんまり長いこと家(うち)を空けてると、みんなが心配するし、もうそろそろ帰るわ。」 【余り長い間家(うち)を空けてると、みんなが心配するし、もうそろそろ帰るわ。】 「名残惜しいけど、しゃーないな。」 【名残惜しいけど、仕方ないわね。】 ハルヒと彼女達は、連絡先を交換していた。 「そんなに遠く離れてるわけでもないし、また今度会えたらええですね。」 【そんなに遠く離れてるわけでもないし、また今度会えたら良いですね。】 『涼子』が言った。彼女もとても楽しそうに見えた。 「そやね。有希! って、やっぱり自分と同じ名前呼ぶんは変な気分やな……また今度、遊ぼな!」 【そうね。有希! って、やっぱり自分と同じ名前呼ぶのは変な気分ね……また今度、遊ぼうね!】 「……また、今度。」 わたしは平坦な声で答える。 「ふふふ。今度はカラオケで『有希』ちゃんと有希のデュエットとかしたら面白そうやね。ダブルヘッダーならぬ、ダブルユッキーで。」 【ふふふ。今度はカラオケで『有希』ちゃんと有希のデュエットとかしたら面白そうよね。ダブルヘッダーならぬ、ダブルユッキーで。】 『涼子』はそう言って微笑んだ。 「わたしに似てるっていう、もう一人の『朝倉涼子』さんにも、会(お)うてみたかったなあ。」 【わたしに似てるっていう、もう一人の『朝倉涼子』さんにも、会ってみたかったなあ。】 「そういえばあいつ、急に転校したあと、手紙の一つも遣さへんねんで? たまにはひょっこり一時帰国でもして、顔出したらええのに。」 【そういえばあいつ、急に転校したあと、手紙の一つも遣さないのよ? たまにはひょっこり一時帰国でもして、顔出したら良いのに。】 ハルヒは『涼子』を抱きかかえ、頭を撫でながら言った。 「何(なん)かね、ほんま漠然としてるんやけど、何となく、あいつとはまた会えるような気がすんねん。」 【何(なん)かね、ほんと漠然としてるんだけど、何となく、あいつとはまた会えるような気がするのよ。】 ハルヒに頭を撫でられている間、『涼子』は頬を朱に染め、目を細めていた。 「ほな、また今度! ……ほな、行こか、涼子。」 【じゃあ、また今度! ……じゃ、行こうか、涼子。】 「うん。皆さんもお元気で。もう一人の『朝倉涼子』さんにもよろしく……って言(ゆ)うても、おらへんのか。」 【うん。皆さんもお元気で。もう一人の『朝倉涼子』さんにもよろしく……って言っても、いないのか。】 こうして、彼女達は去って行った。 わたしたちの出自を整理する。 わたし達、対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェイスは、身体を構成する際、外見は実在する人間を基にしている。端末により若干の改変を行う場合もあるが、基本的には基の人間の姿かたちをそのまま使用している。 もちろん、涼宮ハルヒの身辺に配置されるに当たって支障とならないよう、涼宮ハルヒとは物理的又は時間的に遠くに存在する人間の情報を利用する。 実は端末の開発初期段階では、それまでの基本的な観察結果を基に、全く新規に端末の外見を構成する予定だった。 しかし、計画は頓挫した。いざ実際に作成し、現場に投入してみると、様々な問題が発生した。その時の騒動は情報操作によって、人間の歴史からは完全に消え去っているが、それは凄まじいものだった。人間の世界に存在するもので例えると、『3DCGによって製作されたヴァーチャルアイドル』。そのようなものが実際に肉体を持って街を歩けばどうなるか。街は恐慌状態に陥った。 なお、端末の稼動が軌道に乗った時点で行われた追跡調査で、その時に投入された端末の出来は、『ヴァーチャルアイドル』と呼べるほどの品質ですらなかったことが判明した。情報統合思念体の一部では、人間の言葉になぞらえてその時の試作端末を『モッコス』又は『邪神セイバー』と呼称して揶揄している。言葉の由来は、『フィギュア』と呼ばれる人形の一種で、非常に出来が悪いことで有名になった個体名から。 情報空間においては、仮想も現実も大した区別を必要としない。だから、情報空間に生きる情報生命体である情報統合思念体には、仮想と現実の差が大きな意味を持つ有機生命体の思考に、仮想と現実を踏み越えた外見が大きな影響を及ぼすことは、本質的に理解できなかった。 プロジェクトは暗礁に乗り上げた。どうすればこの状況を打開できるのか。情報統合思念体は、決定的な回答を持ち合わせていなかった。 「人間をそのまま写し取れば良い。」 その時、どこかの派閥が閃いた。 「我々と有機生命体とでは、違いが大き過ぎる。観測初期においては、既存の人間の外見を流用するのが効率的ではないか。」 情報統合思念体の目的は、有機生命体である涼宮ハルヒの観測。これは未知の領域への進出。分からないから理解するために、対象と良く似た構造のインターフェイスを派遣する。しかし、分からないものを作ることはできない。ならば、その最初の一歩はやはり既存のものの流用から始めるしかない。 こうして端末の外見の仕様が固まった。次に問題となったのは、どのような外見を流用するのか。それまでの観測結果によると、対象となる『人間』には、外見的特徴に、いくつかの共通する類型があることが分かっていた。 まず『性別』。これは人間に限らず、多くの有機生命体に見受けられる特徴で、外見だけではなく生命体の増殖にとって重大な意味を持つ特徴。 次に『人種』。これは主に皮膚の色調に代表される大まかな分類。 そして『民族』。同じ人種でも、民族が違うと外見的特徴が変化する。 観測の結果、涼宮ハルヒが生息する地域では、ある人種が圧倒的多数を占める普遍的存在として認識されていた。 そこで端末の外見は、当該対象の生息する地域で圧倒的多数を占める、『日本人』という集合の中から選定されることとなった。 そして涼宮ハルヒの基礎的な観測データを基に、彼女が望む人物像に合致した人間の外見を検索していった。性格は別個に検索し、組み合わせる。こうして彼女が望む性格と外見を持った端末を製作していった。 しかし、最後に難関が待っていた。 彼女に最も近い場所に配置する端末の外見が、見付からなかった。 『見付からない』と表現すると語弊がある。正確には、存在は確認していた。 しかし、彼女の近くに配置するという重要な意味を持つ端末に与えるには余りに彼女に『近い』位置に、その外見を持つ人物は存在した。端末と、端末と同じ姿をした『オリジナル』とが出会ってしまう確率が飛躍的に高くなる。 プロジェクトは再び暗礁に乗り上げた。 「当該対象の移動を確認。『引越し』と呼ばれる現象で間違いない。」 朗報だった。 外見のモデルとするのに最も適した人物が、引越しによって涼宮ハルヒから遠い位置に移動した。それでも隣の『府』と呼ばれる地域に移動しただけなので、若干の不確定要素は残るが、涼宮ハルヒの求める人物像に最も合致する外見を使用することを優先させた。 ――長門有希、承認―― ――朝倉涼子、承認―― こうして、涼宮ハルヒに最も近い位置に配置される端末が生み出された。 長門有希は、隣のクラス、そして文芸部に、朝倉涼子は同じクラス、そして学級委員にそれぞれ配置されることが決定した。SOS団結成の三年前のことだった。 以来、端末と『オリジナル』は、全く接点を持たずに過ごしていった。プロジェクトは順調だった。途中で朝倉涼子が異常動作を起こし、結果、情報統合思念体の許可を受けた長門有希が、朝倉涼子の有機情報連結を解除するというアクシデントもあったが、プロジェクトは概ね目的を達成しつつあった。 しかし、意外な形でわたし達は接点を持った。それが今回の遭遇。これは情報統合思念体にとっても想定外の出来事だった。 情報生命体である情報統合思念体にとっては、『同期』のように未来の出来事を知ることはたやすいはずだが、それでもこの現象は『想定外』だった。その理由は、一端末に過ぎないわたしにはよく分からない。 もしかしたら、情報統合思念体もわたしと同じように、あえて未来と同期しないようにしているのかもしれない。情報統合思念体も、未来に起こる出来事をあらかじめ知りたくはない、と思うことがあるのだろうか。 ←Report.10|目次|Report.12→
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Report.14 長門有希の憂鬱 その3 ~涼宮ハルヒの追想~ 活動後の部室。ハルヒは独り佇んでいた。他の団員達は先に帰した。夕日に照らされ、オレンジ色に染まった部室。あの日と同じ風景。思い出す、あの日の出来事。 本棚に歩み寄る。ここは本来文芸部室。だから、本棚の蔵書数は北高の全部室中随一だろう。蔵書には、SFのハードカバーが目立つ。その多数の厚い本を読む人物は、今はこの部室にいない。 あの日起こった、不幸な心のすれ違い。ハルヒは忘れられない。自分が突き飛ばしたせいで、負傷して血を流す彼女の姿を。そして、その彼女を置き去りにして、逃げるようにその場を立ち去った自分の行動を。 彼女はいつも通りの無表情だった。自分はどんな顔をしていたのだろうか。 ハルヒは、自らの行動を悔いていた。そして、だからこそ、彼女に合わせる顔がないと思っていた。だから、翌日彼女が事情により学校に来ていないと聞いて、少し安堵した。時間が稼げたから。 しかしそれは間違いだった。時間が経つほど、考える時間が増えるほど、自らの行動が重くのしかかる。ますます彼女に会いにくくなる。考えれば考えるほど、会い辛い。 最近、部室での会話で、彼女について触れられることが多くなっていた。いくらハルヒが話題を変えても、いつの間にか話題は彼女のことに移っていた。特に、昨日の朝比奈みくるの発言は、決定的だった。 「はい、涼宮さん、お茶です。はい、長門さん……っと、長門さんはおらへんかった……うっかり用意してしもた~」 【はい、涼宮さん、お茶です。はい、長門さん……っと、長門さんはいないんだった……うっかり用意しちゃった~】 お茶を出し終えると、みくるはぽつりとハルヒに言った。 「あたし、みんなにお茶を淹れてるから分かるんですけど、一人おらへんだけで、すごく違和感ありますね……」 【あたし、みんなにお茶を淹れてるから分かるんですけど、一人いないだけで、すごく違和感ありますね……】 ハルヒは、自分の眉がつり上がるのを自覚した。 「なぁに、みくるちゃん? 何が言いたいん?」 【なぁに、みくるちゃん? 何が言いたいの?】 「ひっ!? い、いえ、ただ、寂しいなーって……」 それきり、ハルヒは黙りこくったので、みくるも自分の席に着いて、編み物を始めた。 窓辺の指定席は、今は無人。パイプ椅子は、畳んで立て掛けられている。いるべき人がいない風景。それはとても違和感がある風景だった。 ハルヒは知らない。ハルヒの力のせいで彼女が消滅したことを。彼女を取り戻すために、彼らが様々な工作を行っていることを。 彼らの工作は、じわじわとハルヒに効き始めていた。 「わたし達の工作は、どうやら効果を示しているようですね。」 喜緑江美里が口を開いた。 空間封鎖された生徒会室。ここは今、『長門有希消失緊急対策本部』となっている。 「僕らは部室での会話で、それとなく、しかし確実に、長門さんの話題に触れ続けとります。」 【僕らは部室での会話で、それとなく、しかし確実に、長門さんの話題に触れ続けています。】 古泉一樹が言った。彼は部室の会話で、長門有希の話題に誘導する役を務めている。 「俺は、どうも長門についてはハルヒにマークされてるみたいやから、あからさまにはできひんけど、みんなの話題には参加するようにしとぉ。あとは、そうやな……」 【俺は、どうも長門についてはハルヒにマークされてるみたいだから、あからさまにはできないけど、みんなの話題には参加するようにしてる。あとは、そうだな……】 「あんさんは、無意識に長門さんを視線で探してますから、それで十分でっせ。」 【あなたは、無意識に長門さんを視線で探していますから、それで十分ですよ。】 「……俺は、そんなつもりはないんやけどな。」 【……俺は、そんなつもりはないんだがな。】 キョンは一樹を睨む。 「おっと、これはこれは。その反応だけで十分ですわな、状況証拠は。」 【おっと、これはこれは。その反応だけで十分ですね、状況証拠は。】 一樹はいつもの如才ないスマイルで応じた。 「あたしは、昨日ちょっと積極的に頑張ってみました!」 「朝比奈さん、あれはGood Jobでしたよ。」 みくるの行動を賞賛するキョン。 「ええ、まったく。昨日のあなたの言動は、相当効いたようです。MVPは間違いなくあなたですね。」 江美里も同意する。 「昨日のあなたの言動がきっかけになって、今、涼宮さんは『寂しい』という状態になっています。」 それがどんな感情なのか、わたしは実感できないんですけどね、と江美里は付け加える。 「もう一押し……ってわけね。」 朝倉涼子は思案顔で呟く。 「今日早めに活動を切り上げた涼宮さんは、今は部室で独り、物思いに耽っています。」 江美里は、涼子に向かって言った。 「さて。お膳立ては整いました。あとは長門さんの代理……あなたの仕事ですね。」 「そう……やね。そろそろ……行けるかな?」 【そう……よね。そろそろ……行けるかな?】 「『機は熟した』と思いますわ。『鉄は熱いうちに打て』っちゅう言葉もありまっせ。」 【『機は熟した』と思いますね。『鉄は熱いうちに打て』という言葉もありますよ。】 一樹も賛同する。 「うん、そうやね。ほな、ちょっと行ってくるわ。」 【うん、そうよね。じゃあ、ちょっと行ってくるわ。】 涼子は、部室へと向かった。 部室の本棚の本を手に取るハルヒ。そのまま窓辺に行くと、立て掛けてあるパイプ椅子を広げて座った。あの日から学校に来なくなってしまった彼女のように、無言で窓辺に座るハルヒ。そうすることで、彼女を追想するように。 思い出す、彼女と過ごした日々。 最初は、まるで部室の付属物のように存在感のない娘だった。 それが、共に過ごすうち、だんだん彼女を見る目が変わっていく。彼女は万能だった。何でもそつなくこなせた。 決定的だったのは、一年生時の文化祭。 メンバーの病気や怪我で出演ができなくなった、先輩女子のバンド。見かねたハルヒは、彼女を誘って急遽メンバー入りし、舞台に立った。そこで彼女は、驚くべきギターの腕前を披露した。ハルヒの歌声とともに、彼女の情熱的なギタープレイは、その場にいた誰もを魅了した。それは、他ならぬ、共に舞台に立ったハルヒ達も同様に。 体育祭では、ハルヒに負けず劣らずの素晴らしい身体能力を見せつけた。特にアンカーを務めたクラス対抗リレーでは、最下位でバトンを受け取ると、表情を変えずに見る見る走者を追い抜き、ハルヒがアンカーを務める1年5組に次ぐ、二位にまで持ち込んだ。無表情ながら鉢巻きをたなびかせて疾走し、見る見る順位を上げていく小柄な体操服姿に、彼女の隠れファンが急増した。 バレンタインデーの時は、料理の腕前も見事だった。徹夜で賑やかにチョコレートケーキを作る、ハルヒとみくる。彼女はそんな二人を静かに、そしてこれ以上ないほど的確にサポートした。何と彼女は、温度計もなしに、チョコレートのテンパリング(温度調節)をやってのけた。さらには、まかない料理も作ってくれた。チョコレートケーキ製作中は、匂いが移ったり味が分からなくなったりしないよう、薄味の惣菜と、ほかほかご飯に吸い物。プレゼントを山に埋めて帰ってきたら、胃腸に負担を掛けずに冷えた身体を温める、手作り出汁の香り高いうどん。 阪中家での『陽猫病』事件では、その博識ぶりで、見事に事件を解決した。いつも大量に本を読んでいるが、それが実際に役に立つのだから大したものだとハルヒは思った。彼女は阪中家の恩人として盛大な歓待を受け、ハルヒはそれを我がことのように喜んだ。 共に過ごした一年の間に、ハルヒは彼女を『SOS団随一の万能選手』と捉えるようになっていた。 そんな二人の関係に転機が訪れる。先日の、ハルヒの捕り物劇に端を発する、一連の騒動。 ハルヒは精神的に追い詰められていた。そんなハルヒを救ったのが、彼女だった。彼女は、ハルヒの行動の意図を理解し、危険を冒してハルヒに会いに来てくれた。苦しさに押し潰されそうだったハルヒの慟哭を受け止め、優しくそばに寄り添ってくれた。 一緒に帰るために『男装』を提案するなど、意外な一面も見せてくれた。彼女の部屋に招待し、泊まって行くことを勧めるなど、積極的な面も持っていた。そしてその夜、二人は結ばれた。性別の垣根を越えて、肉体的にも精神的にも、二人は繋がった。 次の日には、彼女を通じて彼女の友人に問題を解決してもらった。彼女の人脈には驚かされた。その日はそのままデートにも行った。朝の目覚めの時と同様、彼女の素顔、生の言動に心を揺さぶられた。 彼女と朝倉涼子のそっくりさんに遭遇したこともあった。 その時は彼女も一緒にいた。彼女のそっくりさんは、彼女とは性格が全く違っていた。声も違っていた。しかし、実は彼女もそっくりさんも、お互いの声を真似ることができた。彼女がそっくりさんの声を、いつもの無表情で真似したときは、正直、絶句した。あまりにもシュールでユニークだったから。 彼女との思い出は、どれも大切な、掛け替えのないもの。記憶の中の彼女は、大半が無口で無表情だったが、それでも輝いていた。 そして、つい先日の、あの出来事。 彼女に、自分の恥ずかしい物を目撃されてしまった事件。ハルヒは激しく動揺し、とんでもないことをしでかした。しかし、そのことで実感したこともあった。ハルヒは彼女を…… ハルヒは、知らず、涙を流していた。自分の中で、こんなにも彼女の存在が大きくなっていたのか。 「会いたい……会いたいよぅ……何で、あんなことになってしもたん……有希……早(はよ)……会いたい……謝りたい……何で、謝らしてもくれへんの……? 何で、何で……」 【会いたい……会いたいよぅ……何で、あんなことになってしまったの……有希……早く……会いたい……謝りたい……何で、謝らしてもくれなにの……? 何で、何で……】 言葉にならない思い。言語化できなかった分は、涙と嗚咽になって溢れ出す。 「ゆ、ゆき、有希……有希ぃ――――! うわあああぁぁぁ……!!」 以前にも声を上げて泣いたことがある。その時は彼女が、優しくハルヒの頭を抱いて、ハルヒの慟哭を受け止めてくれた。 でも今は――誰もいない。 「悩み事?」 その時、声が掛けられた。 「うっ、ぐすっ……朝倉?」 涙を拭いながら、部室の入り口を見るハルヒ。 「何よ、人が泣いてんのが、そんなにおかしい? 悪趣味やな。用がないんやったら放(ほ)っといてくれる?」 【何よ、人が泣いてんのが、そんなにおかしい? 悪趣味ね。用がないんだったら放(ほ)っといてくれる?】 涼子は、部室に入ると、扉を閉めた。 「ご挨拶やなあ。わたしは、女の子が泣いてるのが放(ほ)っとかれへんかっただけ。」 【ご挨拶だなあ。わたしは、女の子が泣いてるのが放(ほ)っとけなかっただけ。】 ゆっくりとハルヒに近付く涼子。 「何? 慰めの言葉やったら、要らへんで。」 【何? 慰めの言葉だったら、要らないわ。】 涼子を睨み付けるハルヒ。しかし涙に濡れたその目は真っ赤に充血しているので、迫力に欠ける。 「慰め違(ちゃ)うけど、何て言うのかな……うん、独り言!」 【慰めじゃないけど、何て言うのかな……うん、独り言!】 涼子は微笑を湛えたままで言う。 「そこまで涼宮さんに思われる長門さんも幸せやね。」 【そこまで涼宮さんに思われる長門さんも幸せよね。】 「…………」 「……大丈夫。あなたが願えば、きっとすぐに会える。」 「……根拠は?」 「な~んにも。」 ハルヒは大きく溜め息をついた。 「何よ、それ……」 「言(ゆ)うたやん? 独り言って。」 【言ったじゃない? 独り言って。】 涼子は、指を組みながら言った。 「でも、わたしは、『信じる』ことって、結構重要やと思うな。成功のイメージを信じて行動すれば、上手くいく時があると思わへん? 逆に、悪い方にばっかり考えが行く時って、何やっても上手くいかへん時もあるし。悪い方に考えて気持ちが沈んで、結局上手くいかへんのと、良い方に考えて気持ちが盛り上がって、結局上手くいくのとやったら、わたしやったら、上手くいく方を選ぶな。」 【でも、わたしは、『信じる』ことって、結構重要だと思うな。成功のイメージを信じて行動すれば、上手くいく時があると思わない? 逆に、悪い方にばっかり考えが行く時って、何やっても上手くいかない時もあるし。悪い方に考えて気持ちが沈んで、結局上手くいかないのと、良い方に考えて気持ちが盛り上がって、結局上手くいくのとだったら、わたしだったら、上手くいく方を選ぶな。】 「『信じる』……」 「長門さんとまた会えることを信じればええん違(ちゃ)うかな。きっと長門さんも、涼宮さんに会いたがってると思うわ。」 【長門さんとまた会えることを信じれば良いんじゃないかな。きっと長門さんも、涼宮さんに会いたがってると思うわ。】 涼子は言葉巧みにハルヒを誘導していく。涼子は優秀だった。 「結局、朝倉は、どうするつもりなんやろな?」 【結局、朝倉は、どうするつもりなんだろうな?】 キョンが口を開いた。緊急対策本部では会議が続いていた。 「人間の『感情』というものは、わたしにはよく分からないので、何とも言えませんが。」 江美里は答えた。 「その、朝倉さんって、喜緑さんや長門さんと同じ、その……『端末』、なんですよね。」 みくるは言った。 「ということは、こんな言い方は失礼やと思うんですけど……みんな、人間の『感情』はよう分からへんのですよね?」 【ということは、こんな言い方は失礼だと思うんですけど……みんな、人間の『感情』はよく分からないんですよね?】 「その質問の答えは、」 江美里が答える。みくるが息を呑む。 「禁則事項です。」 盛大に椅子からずり落ちるみくる。 「というのは冗談ですが、基本的にそう考えていただいて差し支えありません。」 (TFEI端末って、実は意外と冗談好きなんか……!?) 《TFEI端末って、実は意外と冗談好きなのか……!?》 と、キョンは思った。 「ただし、例外もあります。例えば長門さんについては、キョンくんはよくご存知ですよね?」 「え? あ、ああ……長門は、顔には出さへんけど表情に表れへんだけで、無感情なんやなくて実はかなり感情豊かです。長く一緒におったら、だんだん分かるようになってきました。」 【え? あ、ああ……長門は、顔には出さないけど表情に表れないだけで、無感情なんじゃなくて実はかなり感情豊かです。長く一緒にいたら、だんだん分かるようになってきました。】 そうですね、と江美里は続ける。 「そして長門さんは、様々な体験をして、暴走したこともありました。そう、あの冬の世界改変事件です。と言っても、お二人さんには、実感はないでしょうけれど。」 江美里はSOS団員達を見回して続ける。 「暴走の原因は、現在も検証中なのではっきりとしたことは言えませんが、長門さんに、人間で言うところの『感情』に相当するものが発生したのが一因ではないか、というのが大勢の見解です。」 「ははあ。すると、あれでっか。長門さんは、感情が生まれ、育っていったものの、本質的には理解でけへんもんやから、だんだんとその感情を『持て余した』っちゅうわけでっか。」 【ははあ。すると、こういうことですか。長門さんは、感情が生まれ、育っていったものの、本質的には理解でないものだから、だんだんとその感情を『持て余した』、と。】 一樹がしたり顔で解説する。 「『感情』がどのようなもので、それがどのように作用したかについては見解が分かれていますが、とにかく、『感情』のようなものが関係しているのではないか、という点では概ね一致しています。」 江美里は、これは私見ですが、と前置きして続けた。 「同様に、朝倉涼子が独断専行し、キョンくんを殺害しようとした件も、やはり『感情』が何か関係しているのではないかと、わたしは考えています。」 「そういえば、朝倉はあの時、何も変化せぇへん観察対象に飽き飽きしてるって言(ゆ)うてたな……」 【そういえば、朝倉はあの時、何も変化しない観察対象に飽き飽きしてるって言ってたな……】 キョンは、当時を思い出しながら言った。朝倉涼子本人の謝罪を受けたことで、多少は『彼』の精神的外傷も緩和されたものと思われる。少なくとも、冷静に当時を振り返ることができるくらいには回復していた。 「本来わたし達は、『飽きる』ということはありません。そのようには作られていないのです。飽きてしまうようでは、観測ができませんからね。でも、朝倉涼子は、観測に飽きた。そして、独断であのような凶行に及んだ。暴走としか言いようがありません。『未熟な感情の暴走』。これが、二人が起こした事件を定義する言葉ではないかと考えています。」 「えっと、それじゃ……今の朝倉さんは、未熟ながらも感情を持っている、ってことですか?」 みくるが問う。 「それが本当に『感情』かどうかは分かりませんが、少なくともわたしよりは、朝倉涼子の方がよく人間の感情を理解して、より適した行動を取れると思います。」 「でも、それじゃ、その、また感情に流されて……」 恐る恐るみくるは問うた。江美里が答える。 「朝倉涼子は、人間で言えば二度死にました。そして二度生き返りました。『感情』を持つ『生命体』が、『臨死』又は『転生』を経験した。それが思考や行動に大きな影響を与えるだろうことは、想像に難くありません。これまでの彼女の言動から推察するに、もう以前のように暴走する可能性はないと言えるでしょう。」 「随分、朝倉を信用してるんですね。」 キョンの問い掛けに、江美里はやや思案するような表情で答えた。 「信用……ですか。」 江美里は窓があると思しき辺りに視線を巡らせながら言った。 「我々端末同士の関係は、人間のそれとは少し違いますが、そうですね。人間の関係に例えて言うなら、確かに『信用』という言葉が近いかもしれません。」 江美里はキョンに視線を戻して続けた。 「キョンくん。あなたは、長門さんを『信用』していますか?」 「もちろんです。全幅の信頼を寄せてると断言できます。はっきり言って、俺は自分よりも長門の方を信用してるかもしれません。」 キョンは即答した。 「それなら、今の朝倉さんも信用してもらえませんか? もちろん、そう簡単には考え方を変えられるものではないということは、情報としては知っています。でも……」 江美里は、ふっ、と表情を緩ませて言った。 「何と言っても、今の朝倉さんは、その長門さんのバックアップ、代理なんです。彼女が長門さんの代わりを務められるのは、単に能力が同程度だからというだけではなくて、あなた達と関係が深くて、かつ、あなた達の行動を同程度には理解しているからなんですよ。今の彼女は……長門さんそのものだと思ってもらって差し支えありません。もちろん、元々の性格付けの設定が違うので、例えば無言で本を読んでいる朝倉さん、という姿を見ることはないでしょうが、『涼宮ハルヒとその周囲の観測及び保全』という任務に関しては、長門さんと全く同じ行動原理に制御されています。」 「せやから、彼女を信用せぇ、っちゅうことを言いたいわけでっか。」 【だから、彼女を信用しろ、と仰りたいわけですか。】 一樹が口を挟む。 「信用しろ、とはおこがましくて、とても言えません。わたしに言えるのは……」 ここで江美里は立ち上がった。 「どうか、彼女を、朝倉涼子を信じてやってください。お願いします。」 こう言って江美里は、深く頭を下げた。 「えっ、わっ、わっ、そ、そんな、頭を上げてください! あ、あたしが変なこと言(ゆ)うてしもたから……」 【えっ、わっ、わっ、そ、そんな、頭を上げてください! あ、あたしが変なこと言っちゃったから……】 みくるが慌てて立ち上がり、江美里に声を掛ける。 「……朝倉は、長門が元に戻れば自分が用無しになるって分かってて、それでも長門のために動くって言いました。」 キョンは江美里をしっかりと見つめていた。 「俺らを守るって言(ゆ)うた長門の言葉を信じるように、俺は朝倉の言葉も信じようと思います。」 【俺らを守るって言った長門の言葉を信じるように、俺は朝倉の言葉も信じようと思います。】 「……ありがとうございます。」 江美里は、柔らかい表情で謝辞を述べた。 彼らが様々な工作を行う一方で、彼らの意思とは関係ない部分でも世界は動いていた。長門有希が消失したことで、涼宮ハルヒの周辺を取り巻く勢力の版図が変化していた。 その中の一つ、情報統合思念体の内部でも、大きな変動が起きていた。かつてキョンを殺害しようとした急進派からは、更に先鋭化した『過激派』が派生していた。 過激派とは、観測対象である涼宮ハルヒ自身に直接刺激を与え、その反応を観測しようとする集団。早い話が、涼宮ハルヒに危害を加えようとする一派のこと。急進派は、その勢力を大きく減じていた。 攻撃か、静観か。派閥内の者には、二者択一が迫られた。朝倉涼子は、長門有希のバックアップを務める事で、自動的に主流派に取り込まれることとなった。 かつての同志が敵となり、かつての仇敵が友軍となる。情報統合思念体の内部は、今や群雄割拠の相を呈していた。 そんな過激派の一部が、長門有希不在を好機と見て、涼宮ハルヒへの攻撃を企図していた。 情報統合思念体内部の意思は不統一。彼らの行動を止める者は誰もいなかった。 彼らの手が涼宮ハルヒ達に近付いていた。 『その時』が迫っていた。 ←Report.13|目次|Report.15→
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#blognavi Report Designerで作成したレポートをWeb上で実行しプレビューする際、 PDFやEXCELへエクスポートするためのボタンを活性化し押せるようにする方法をまとめました。 エクスポートライセンスの有効化.pdf カテゴリ [FAQ] - trackback- 2011年01月28日 19 04 00 名前 コメント #blognavi
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#blognavi Report Designer Ver5.00165がリリースされました。 Ver5.00166で追加・改善された機能、および改修された内容については リリースノート5.00165をご参照ください。 →リリースノートのダウンロード カテゴリ [お知らせ] - trackback- 2009年03月31日 19 41 51 #blognavi
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#blognavi Report Designer Ver5.00172がリリースされました。 今回は主に不具合点の改修が行われました。詳細内容については、リリースノート5.00172をご参照ください。 →リリースノートのダウンロード カテゴリ [お知らせ] - trackback- 2010年11月01日 19 30 27 名前 コメント #blognavi
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#blognavi Report Designer利用者知恵blog(FAQ)の閲覧制限を外し、保守契約ユーザ様以外でもご覧いただけるようにしました。 カテゴリ [お知らせ] - trackback- 2010年10月22日 17 14 40 #blognavi